【第0話】色々ダメダメだった子供時代

ナリタ
こんにちは、ナリタ(@narita_shufu)です^^

 

 

今日はナリタの生い立ちについてかなり赤裸々に紹介します。

 

子供時代の話がメインなのでそれ以降のプロフィールはコチラになります。

【第1話】ヒモの旦那を養いながらも、傷つき、悲劇のヒロインぶってた私

2018.02.04

 

大阪で生まれる

 

ナリタは大阪出身です。

 

共働きの両親の元に生まれたナリタ。

 

幼少期は3歳まで保育園に行かず

 

父方の祖父母がナリタの面倒を見ていました。

 

※物心が無い時期なので母親から聞いた話がほとんどになります。

 

これは母親が決めたことらしく

 

姑の機嫌をとるべく「良かれ」と思ってしていたそうです。機嫌を取るあたりも?ですが。。親になって思うけど預けられて面倒見る方も大変だったと思う。母親へのツッコミどころ満載ですがそこは置いておきます。

 

ちなみに母親は姑が苦手でした。

 

ナリタの父方の祖母はお見合い結婚をし、一度も働いたことがありません。

 

そりゃ話も合わないな・・と思いますが、それ以前の性格が

 

ネチネチと人の悪口を延々と言い続けるタイプの人で更に外面と内面が全然違うので

 

父親の居ないところで母親のことを何かで責めている光景もよく見かけていました。

 

父親は実家に帰っても母親を祖母に押し付け、どこかに消える

 

そんな感じが日常だったので大きくなった頃はナリタも祖母が苦手になっていました。

 

父親も無神経な所があり、外面は良く、身内には超我儘でした。

 

女は家の事をして当然。男は家の中では何もしなくていい。というマインド。

 

父親は、母親が体調を崩して寝込んでいても言葉では「大丈夫か?」と「言うだけ」で

 

自分のご飯の心配をするような調子です。

 

そんなスタンスだったので家事や子育てに無責任に口出しはするけど

 

文句を「言うだけ」。母曰く。

 

正論を言って「自分は正しいことを言った」と満足している感じです。

 

共働きにも関わらず母親のサポートをすることは一切なかったそうです。

 

そんな中で母親は精神的に不安定でした。離婚しなかったのは世間体と依存だとナリタは思ってる

 

それは子供ながらにも感じていました。

 

その頃のナリタは他の子どもと遊ぶ環境が無く、祖父母がナリタにべったりだったらしい。

 

特に祖父がナリタの事を溺愛していたらしく、

 

小さな会社の社長だった祖父は

 

平日でもよくナリタと一緒に遊んでくれていた記憶が残っています。

 

一緒に手をつないでローソンによくお菓子を買いに行ったりしたのもうっすらと覚えています。

 

祖父は電化製品マニアだったので(昭和の時代でしたが)

 

部屋に大きなスクリーンがあってナリタは祖父の部屋で

 

映画やアニメを大量に見ていました。

 

その頃に見たミュージカル映画の一つ、「サウンドオブミュージック」を見て

 

それ以来音楽が好きになりました。4歳くらいだったと思います。

 

大阪内で引っ越し

 

5歳になったあたりでナリタは大阪の田舎の方から母親の実家近くの市内へ引っ越しました。

 

理由は母方の親戚がナリタと母親の当時の環境を心配したそうです。

 

「こっちに来なさい」と言ってくれたそうで

 

ナリタは5歳から大阪市内の幼稚園に通い始めます。ちなみに離婚したわけではありません

 

新しく預けられた先は母親の姉の家族の所(ナリタの伯母)で

 

そこには母方の祖父母と曾祖母、伯父、従兄弟が3人いました。

 

向かい合って祖父母の家と伯母の家があり、食事はみんなで揃って食べ、

 

かなりにぎやかで楽しかったのを覚えています。

 

父親はその頃は海外への単身赴任や出張が多く、あまり家に居ませんでした。

 

たまに帰ってきては夫婦喧嘩が絶えなかったので

 

正直「帰ってこなきゃいいのに」と思っていました。

 

ナリタの親の喧嘩の根本的な原因についてはこちらに書きました。反面教師で学ぶことはたくさんありました

依存から脱却せよ。「身内とみなすことによる甘え」に気付かなかった日々。

2018.02.27

 

こんなんでもナリタは母親の事が大好きだったので

 

なかなか一緒にいる時間が少ない平日は寂しさも感じていました。

 

そんな環境で8歳まで過ごします。

 

超人見知りで勉強ができないタイプ

 

ナリタの大阪での子供時代はこんな感じでした。

 

自分から友達の輪に入れず、近所の中でも限られた子供達と遊んでいました。

 

一つ年上の従姉妹がよくナリタの面倒を見てくれました。

 

主な遊び相手はその従姉妹でした。

 

運動神経も良く社交的で勉強も凄く出来たのでよく教えてもらっていました。それでもナリタはダメダメでしたが・・

 

ずーっと外で走り回って遊んでいたのでナリタはかけっこや体育だけは得意な子になっていました(⇐)

 

目立つのが嫌い

 

ナリタの当時の唯一といえる特技「足が速い」も

 

運動会では目立ちたくなく

 

リレーの選手の選抜試験でワザとゆっくり走って平均的な速さに調整し、誤魔化していました。

 

もちろん本番でもワザと2位あたりを狙います。

 

なぜ目立つのが嫌いだったのか。

 

周りに注目されるのが嫌だったのですね。

 

元々自分に自信がなかったので、それが原因かな、とも思います。

 

小学校3年生の半ばで海外に引っ越し

 

そんな大阪の生活も数年経ったころ、

 

ナリタの父親がアメリカに転勤になります。

 

今まで海外への単身赴任はチラホラありましたが

 

今回のやつは長くて6年だったので

 

母親も15年くらい働いた職場を退職し

 

家族全員でアメリカの西海岸に引っ越しました。

 

初めての人種差別と日本人コミュニティ

 

アメリカの日本人転勤族の子供の行き先は現地校(と日本の教育に追いつくための補習校)か、日本人学校の2択でした。

 

ナリタの親は現地校を選びます。

 

そこでの担任の先生がかなり意地悪だった印象が残ります。

 

片言の英語で意思表示しても「HA?」みたいな感じw。

 

白人社会の地域で、子供たちのグループも今から思えば

 

「アジア系」と「ヨーロッパ系」等に分かれていたように思います。ちなみにナリタは日焼けしていてベトナム人によく間違われていました

 

更にナリタは人前で話すのが苦手で、英語だと尚更でした。

 

アメリカで意思表示できないのは致命的です。

 

ヒアリングは1年も経たないうちに大体分かるようになりました。

 

なので英語が話せないと思われつつも周りが何を言っているのかが分かります。

 

超ーーーーバカにされていました。

 

なので仲の良い友達はアジア系の子供たちが多かったです。多いと言っても数人ですが・・

 

引っ込み思案な性格が祟り、なかなか言葉を発することが出来ませんでした。

 

土曜日は日本の教育を補うために補習校に行きます。

 

そこでも馴染めませんでした。

 

最大のネックだったのは引っ込み思案もありますが

 

ナリタは当時、方言バリバリの「大阪弁」しか話せませんでした。

 

補習校の標準言語は「標準語」でした。

 

日本語でも言葉を発すると超目立つ上に大阪弁は標準語と相性が悪く

 

しかも子供同士です。よく浮き、周りと険悪な感じにもなっていました。

 

しかも「みんなで職員室まで先生を迎えに行く」「みんなで集まってランチを食べる」等が

 

超嫌いだったナリタは補習校で孤立していました。

 

友達と言える友達は一人でしたが

 

その子も補習校に馴染めず、よくお休みしていたので

 

ナリタは補習校ではほぼ一人で過ごしていました。

 

どこかのハイスクールを土曜日だけその補習校法人が借りて運営しているので(多分)

 

昼休みはボランティアで保護者が交代で巡回しています。学校でも治安は日本ほど良くない。

 

ナリタは一人でランチを食べているところを母親に見られてしまいました。

 

先生との面談でも「静かすぎているのかいないのか分からない」みたいなニュアンスの事を言われていたらしく

 

※↑「こんなこと言われて(先生に対して)頭にきたわ」と母親から面談の後暫くしてから言われたのでナリタは知っている。子供に言うことではないと自分が親になってから思う

 

そんなこんなで6年生から日本人学校に転校することになりました。

 

学校生活は今思えば最悪でしたが、「行きたくないなら行かなくてもいい」という選択肢は親から与えられていませんでした。

 

こんなもんなのかな、と思いつつもストレスで急性胃腸炎等に頻繁になる子供でした。小学生なんですけどねw。

 

家の中で漫画を読んだり、音楽(親がビートルズなどのCDを沢山持っていた)を聴いたりしてそれなりに楽しんでいました。

 

超ハイスペックな子供が揃った日本人学校

 

ナリタはそこの日本人学校でやっとどうにか馴染むことができました。

 

しかし!

 

学校の成績が普通以下だったナリタはそこでも勉強に苦しみます。

 

そこは当時、某関西で東大進学率4位だった超進学校の男子校の日本人学校でした。

 

6年生から共学で募集をかけていて、ナリタはその学校の1期生でした。

 

「人数を揃える」という需要があり、成績が悪くても入学することが出来ました。

 

ほとんどの子供たちは、他の日本人学校から流れてきていて、

 

入学早々から転校生状態でした。

 

そして、アメリカに居ながら集中的に日本の教育+英語の教育を受けてきたスーパーキッズたちは

 

ナリタと比べたらとんでもない頭の良さでした。

 

当然ダントツに勉強は落ちこぼれましたが

 

体育や音楽の授業は楽しかった思い出があります。

 

そんなこんなで勉強に対して強烈なコンプレックスを持ったナリタは

 

小学校も終わりに差し掛かり帰国も迫ってきていました。(結局居たのは3年くらい)

 

で、親が何を思ったのか

 

帰国子女枠の中学受験をナリタにやらせていましたw。

 

いやいや無理でしょw。やめて(泣)となっていましたが

 

アメリカにも馴染めず、日本の文化にも遠のいてるので

 

おそらく日本に帰ってきても馴染めないだろうと予測した親にとっての最善策だったようです。

 

ちなみに受験のためにアメリカで日本人が経営する塾にも入れられていたのですが、

 

全然自分のレベルに合っていなく、当然落ちこぼれていました。

 

なので受験も当然失敗しました。受験した学校は全滅です。

 

中学入学時に帰国

 

そしてナリタは神奈川県に帰国し、公立の中学に入りました。

 

制服の注文が間に合わず、入学式に持ち合わせのアメリカで来ていたドレスで出るという地獄もありましたw。

 

入学してみたものの、部活には馴染めませんでしたが学校生活はそこそこ楽しくやっていました。

 

しかし、そこで通い始めた塾の先生から以外な一言が

 

「数学、国語、英語の成績が周りよりも良いし、もう一度編入試験を考えてはどうか」とのこと。

 

まじ?

 

と、耳を疑いましたが、6年生の日本人学校の教育がナリタにも少し効き目があったようです。

 

他の当時の同級生は、慶応、開成、等そのへんのレベルの学校に入学していましたが・・。

 

家族とも話し合い、中学1年の1学期はそこの塾の先生とマンツーマンで勉強に励み、9月からは東京の中高一貫の女子校に編入することができました。

 

昔に比べて段違いに楽しくなった中高の生活

 

その学校に編入してからは部活に入らず、

 

ギターやベースを独学で弾き始め

 

高校生の頃にはバンドにハマっていました。

 

ライブハウスやスタジオに居るのが何よりも楽しく

 

西海岸系のパンクや当時のいわゆるミクスチャー系の音楽にハマっていたナリタは

 

ショートカットの頭にくるくる茶髪ミックスパーマ、耳には大きい穴のボディピアスと

 

「普通ドン引きするでしょその格好」みたいな装いで

 

そんな感じでエンジョイしていましたw。

 

浪人して薬学部へ

 

なんだかんだで楽しく過ごしたナリタは

 

将来、自分が何になりたいかさっぱり分からず

 

親戚に薬剤師が多かったので(世間体重視の親もそれを推奨していた)

 

「生きてくために取り敢えず資格とろ」みたいな気持ちで

 

ストレートでは入れませんでしたがw

 

どうにか薬学部に入学しました。

 

地獄の思いでどうにか卒業

 

入ったものの、中での授業が凄まじく難しく、

 

何回も留年しかけながら

 

やっとの思いでストレートで国家試験に合格しました。

 

勉強は当時の友達や今の旦那にかなり助けてもらっています。

 

社会人になりアリのように働きまくる

 

大手の企業に就職したナリタは

 

そこで働きまくります。

 

当時は自分の薬剤師のスキルアップに命をかけていて

 

がむしゃらに働いていました。

 

休みの日はバンドを続け、ライブをやったり

 

パチスロにもハマったり

 

今の旦那と旅行に行ったりと

 

そんな感じでエンジョイしていましたw。

 

まとめ

 

ナリタが結婚するまでの話でした。

 

環境だけ見ると、帰国子女で凄いね、とか 自分の意思に関係のない環境で何が凄いのか分からないが結構な田舎に引っ越した時に言われた

 

色々凄い的な事を一部の人から言って頂いた事もありますが

 

蓋を開ければ超落ちこぼれのコンプレックスの塊でした。

 

いつも自分に自信が無く、それを隠すかのように

 

大好きな音楽に没頭していました。

 

色々なことに精神的に依存していたことにもビジネスの勉強を始めてから気が付きました。超ヘビースモーカーだったし。後に禁煙に成功。

 

しかしまだまだナリタのダメダメ人生は続きます・・。

 

【第1話】ヒモの旦那を養いながらも、傷つき、悲劇のヒロインぶってた私

2018.02.04

 

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